関係論
哲学者内山節さんの寺子屋、今日はそのメモです。
昔は自然(しぜん)という言葉はなかった。
自然(じねん)=おのずからしかりの意味。
明治になって Nature の訳語に自然(しぜん)が用いられた。
日本では自然と人間を分けるという発想がなく、自然、人間といった実体を現象として
捉え、本質は現象を生みだす根本にあると考えた。
2~3世紀の南インドの仏僧・龍樹。空(くう)は捉えることができない。
本質は関係からつくられる。関係という本質が色んなものをつくり上げる。
関係は語ることはできない。把握できないが故に空。
あらゆるものが、相互的な依存関係によってつくられる。
あらゆるものが結び合って相互的な依存的関係をつくり、その中で本質がつくられ、
いろいろな実態が発生している。
ゆえに本質は掴みようが無い。
関係論としての自然(じねん)。すべては関係によって結ばれ、この関係からさまざまな
実体が生まれている。「おのずから」の関係こそが真理である。
作為のない関係、我執のない関係、清浄な関係 。
自然(じねん)の現れとしての自然(しぜん) 。人間は自我をもっているがゆえに
「おのずから」の関係をとらえそこね、関係をゆがめる 。
ゆえに自然(しぜん)は真理を知っているが、人間は真理をとらえられないでいる。