世界の住人
「誰と共に生きたいか」、大切にしたい自分への"問い"のひとつ。
昨晩仲間と、コミュニティーが対象とする人を談義。
オーナーの彼女が力の湧く、対象の人はどんな範囲なのか、その話に、もやっとした。
僕がもやっとする根っこにあるのは「対象として選別されることへの恐れ」、
そこに反応する心がある。
そして僕の願い、「誰もがそのままでいいじゃん」が選別されることに反応している。
でもね、誰と共に生きたいか、そこを考えるのは選別することである。
矛盾だらけだ、自分は選別したい、だけど一方で人からは選別されたくない。
自分の内に両極端があることを認めよう。
それはいいもの悪いものでもないだろう。
行ったり来たりしながら、混ざり合いながら、自分らしい中道があるのだろう。
「誰と共に生きたいか」は、自分が包まれたい世界を考え抜く先にある。
自分はどのような人でありたいのか、誰と共に生きることで歓びを感じるのか。
そして自分は、その世界を体現する人間でありたい。
まだはっきり言語化できないが、その世界を共にする住人を探し求めている。
人生の旅だなぁ